那須塩原市の概要
那須塩原市は、栃木県の北東部、東京から約150キロ、県都宇都宮市から約50キロの距離にあり、広大な那須野が原の北西一帯を占めています。西側に高原山、北側に那須連山の山岳部があり、北に那珂川、南に箒川が南東方向に流れ、東側には東北新幹線と東北本線・東北道・国道4号が通っています。山岳部が市域面積の約半分を占め、平坦部は那珂川(関東)、蛇尾川と箒(ほうき)川の複合扇状地となっており、黒磯駅と西那須野駅の周辺に古くからの中心的市街地が形成されています。また、酪農も盛んで、生乳の粗生産額が本州第1位(全国第4位)となっています。
那須塩原のあゆみ
那須塩原の地に人々が住み始めたのは、縄文時代であると言われています。平安時代の大同元年(806)には塩原元湯で温泉が発見されたとされています。
那須塩原地区の発展は、扇状地であるがために広大な荒地であった「那須野が原」の開拓の歴史を抜きにして語ることはできません。黒磯地区・西那須野地区・塩原地区には今でも、那須野が原の地に入植した、あるいは農場を拝領した明治の宰相、要人の名を冠した地名が多く残っています。この黒磯地区・西那須野地区の市街地は、東北本線の開業と同時に明治以降に発展した比較的新しい市街地となっています。明治以前は、扇状地の扇端部で水利が良く、奥州街道などが通る大田原市が交通の要衝でしたが、那須疏水の開削、東北本線・国道4号・東北道・東北新幹線の開通以降、県北地域の重心は徐々に那須塩原市に移りつつありました。
明治22年(1889)の 町村制施行により、現在の那須塩原市の前身となる高林村・鍋掛村・東那須野村・塩原村・箒根村・西那須野村・狩野村が誕生しました。その後も合併編入を繰り返し、平成17年(2005)に 黒磯市・那須郡西那須野町・同郡塩原町の合併により那須塩原市が誕生しました。現在では、市の将来像に、活き活きとした新高原都市「人と自然がふれあう、やすらぎのまち」を掲げ、市民が一帯となってよりよいまちづくりを進めています。
那須塩原の名前の由来
那須塩原市の“那須”とは「那珂川の中州」、“塩原”は「岩塩が採掘されていたこと」であるといわれています。
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関谷郷土資料館 |
| 住所: |
那須塩原市関谷448 [地図を見る] |
| 電話番号: |
0287-35-4370 |
| 開館時間: |
9:30〜16:30 |
| 休館日: |
月曜日(休日の場合はその翌日)、12月28日から翌年1月4日 |
| 入館料: |
無料 |
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